ナッジとは人々の心に寄り添い、選択肢を提示し、自律的に良い方向に導くものです。それでは人々にとって何が「良きこと」かとういう問いは大変深遠で、永遠の課題といってもよいテーマです。
ただ一つだけ確実に言えることは、人によって「良きこと」は異なるので、一人一人の心情に応じたパーソナライズされたゴールやそれに基づく選択肢を用意したほうがいいだろうということです。
5/10の記事で紹介した英国BITのEASTでも、ナッジをより魅力的(Attractive)にする条件例として「一般的に、人は自分自身/自分たちの組織のために特別に用意された情報により良く反応する。」という趣旨のことを述べています。
そして、従来は大変困難であった「パーソナライズ化されたナッジ」が、デジタルの力で可能になりつつあります。これはデジタル・トランスフォーメーション(DX)とも言われます。デジタルがナッジに影響を与えるには、いくつかのルートがあり、それはまたの機会としますが、いずれにしてもデータの力でパーソナライズした介入が可能になりつつあります。ナッジや行動インサイトの活用に新しいパラダイムをもたらすことが期待されています。
例えば2年前に日本版ナッジユニット(BEST)・環境省は「これからのナッジ 「Beyond Nudge(仮称)」 について」という資料をまとめています。
次世代ナッジ
ナッジの効果を増強または持続可能なものとするためには、追加的な措置(パーソナライ
ズ等)が必要との主張。ホームエネルギーレポートやエコドライブアプリは、ある種、パーソナライズした取組であるが、ここでいうパーソナライズは、より個人の属性や特性等に沿って一人ひとりに配慮したアプローチのこと。導入にあたっては、費用対効果を考慮する必要がある。
Nudge 2.0やSecond Generation Nudgeなどと呼ばれている。オリジナルの「ナッジ」同様、提唱者によって異なる定義。確立されたものはない。
また、昨年6月に発出した「BI-Tech:行動インサイトとAI/IoT等技術の 融合によるwell-beingの向上」という資料の中で、ナッジを含めた行動インサイトとテクノロジーの融合をBI-Techと名付けています。
- 効果的な行動変容には一人ひとりの属性情報や価値観に応じた働きかけが不可欠行動インサイト(Behavioral Insights)と技術(Tech)の融合(BI-Tech:バイテック)により、IoTでビッグデータを収集し、AIで解析してパーソナライズしたフィードバックを実現
- G20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合のイノベーションセッションでBI-Techを提案、各国より好評。成長戦略2019、AI戦略に位置付け。
私たちはすでにITに入って久しいですが、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、ITの新しい進化系といってもよいでしょう。ITとは情報技術です。IT革命は大変多くのことをもたらしました。効率性を高めることで私たちの暮らしや生産活動を豊かにしていきました。今までは紙ベースで取得・加工・保存・送付等を行ってきた作業や情報を、デジタル化に効率的化がなされました。
一方で、DX(Digital Transformation)は、ITによってデジタル化されていることは前提で。データ単体でなく、データを掛け合わせて生まれる情報を活用する技術。ITと比較すると複数軸となると思います。
またナッジでは企画者以外の登場人物として、介入実験の対象となる協力者だけでなく第三者の協力者を必要とするケースが多くあります。対象者のみでなく協力者も負担なく参画いただくにはどうすればいいか、検討する際も複数情報がまとまった結果から考えられればより実現可能性が高いモデルを設定できるでしょう。
それではデータを掛け合わせてみよう、と行動しても、必ずしも何か有効な情報が見えてくる訳ではありません。興味深い分析結果が出たとしても「でも今回のナッジには無関係」と終ってしまうケースも大いにありえます。
従って、よくナッジにはよきデザインが求められます。いわゆるデザイン思考です。
問題解決プロセスとしてのデザイン思考です。
Wikipediaによれば、ある種のデザイン思考には7つの段階があります。それは、定義(define)、研究(research)、アイデア出し(ideate)、プロトタイプ化(prototype)、選択(choose)、実行(implement)、学習(learn)です。(Wikipedaより引用) この7段階を通じて、問題が定式化され、正しい問題が問われ、より多くのアイデアが生み出され、そして最高の答えが選ばれるとされています。デザインは常に個人の選好に影響されるものですが、デザイン思考という方法論には、創造性、両手ききの思考(ambidextrous thinking)、チームワーク、ユーザー中心性(共感性)、好奇心、そして楽観主義などの特徴があります。
ナッジにおいても同様です。ブレインストーミングによりアイデアを出し、顧客(協力者)の考えに寄り添って、テクノロジーを前提とした新しい実験を設計し、検証する。そのような不断の努力が求められます。
ナッジはインセンティブ構造に基いた選択アーキテクチャーにより構成されます。選択肢を多く用意することも大切ですが、より多くの人を相手にするのであれば動機を多数想定する方が重要です。
人は性格・生活環境によって思考方法が異なるのは自明です。対象者の心・自然な発想にそっと寄り添って行動変容を促すのがナッジである以上、より多くの人が行動変容するよう促すためには、動機を引き出す仕組みを多く用意しないと、行動の選択肢を多くしても結果に繋がらない可能性が高くなります。
自分と異なる思考を論理的に類推するのは難いでがが、想像力とデザイン力”が助けになるでしょう。ナッジは良くも悪くも人の心に作用します。結局のところ、ナッジ企画者に最も求められることは「他者の気持ちに寄り添うデザインをする」という、社会生活を過ごす人間の根本性にあるのでしょう。
M.S.