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適正なガバナンスとアカウンタビリティⅡ

状況変化に対応した行動・習慣のアップデート

ナッジを活用した施策を効果的に進めていくためには、状況の変化に応じて行動や習慣の「アップデート」を図る視点も欠かせません。

例えば、感染症対策のように、当初は科学的知見に基づいた最適な行動変容策であったとしても、時間の経過とともに新たなエビデンスが出たり、社会状況が変化したりすることで、もはや最善策ではなくなってしまうケースがあります。

特に、ナッジとして「良い働きかけ」だったものが、状況の変化によって逆に「スラッジ(不要な負担や悪影響を生む仕組み)」になってしまうリスクも否定できません。
VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代とも言われる現代においては、こうした変化を敏感に捉え、ナッジの内容や方向性を柔軟に見直していくことが求められます。

この点について、大竹文雄・大阪大学教授は著書『いますぐできる実践行動経済学(2024年6月)』の中で、新型コロナウイルス感染症対策のマスク着用に関する興味深い事例を紹介しています。

コロナ禍当初、政府は感染拡大防止のためマスク着用を強く促しました。しかし、2022年に厚生労働省が「一部の例外を除き、マスクの着用は不要」との方針を打ち出した後も、人々の間には「周りは屋外でもマスクをするべきだと思っているのではないか」という思い込みが強く残り、なかなか屋外でのマスク着用をやめる動きが広がりませんでした。

結果として、政府が改めて「マスクは不要」という強いメッセージを発信することで、ようやく着用率が減少する傾向が見られたといいます。
こうした事例からも、社会規範の形成や人々の認識のズレが、ナッジの効果やタイミングに大きく影響を与えることがわかります。

ナッジ施策は一度設計すれば終わりではなく、常に「今、この状況に適したものか?」を見直し、必要に応じて軌道修正していく視点が必要です。

ナッジ普及のための各ステークホルダーの連携

ナッジや行動インサイトの活用が広がりつつある今、普及のためには行政・企業・学術界・市民など、さまざまなステークホルダーが連携することが不可欠です。

特に、政府や地方自治体など公共部門では、近年ナッジをはじめとした行動科学の手法を政策立案や施策実施に積極的に取り入れる動きが加速しています。
これは、限られたリソースの中でも政策効果を高める手段として、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)やロジックモデルが重要視されている流れとも重なります。

一方で、民間企業でも行動経済学やナッジを活用し、顧客の行動を後押しする取り組みが広がってきました。たとえば、環境に配慮した行動を促すキャンペーンや、健康増進を目的としたサービス設計など、その活用シーンは多岐にわたります。

今後は、こうした公共・民間双方の取り組みを横断的に連携させ、ナッジの実践知を共有・蓄積していくことが重要です。特に、「地域の実情に合わせたナッジ設計」「施策の効果検証と改善サイクル(PDCA)の共有」「成功事例の横展開」などを意識し、ナッジの「活用され続ける仕組みづくり」を目指していくべきでしょう。

そのためにも、専門知識を持つ学識者や実務家、市民団体などが連携し、ナッジの効果や限界を冷静に見極めながら、持続可能な普及モデルを構築していく必要があります。

ナッジの可能性を最大限に活かすためには、「誰が」「どこで」「どのように」ナッジを活用するのか──。こうした視点を共有し、関係者全員で未来志向の議論を重ねていくことが求められます。

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